TOMIYUKI KANEKO
金子富之
―青大将から宇宙の蛇へ―
〝大蛇〟なんと土俗的で不気味な響きでしょうか。しかし素朴で生命力を感じる言葉です。語り部が語る民話的幻想の様でありながら、なんとなく山奥に本当に存在しそうな気がする、そんな想像力を掻き立てます。民話や伝説に登場する鬼や龍、妖怪達とは異なったリアリティーを感じます。
本来は人間の住む世界の周りに深い自然があり、山は異界であり10人芸術家が山に入れば10通りの何かを持って帰れるほどの豊かさを内在させていると思います。その10人が何にフォーカスしているかだと思いますが多次元の入口が口を開けています。あの霧に呑まれた時、その世界に入るのです。
「女性自身」77年10月6日号の記事
「週刊平凡」77年8月18日号の記事
※出典:勁文社 1988年発行 「謎の怪生物大百科」それぞれ p54、p59より引用
秋田の鳥海山、徳島の剣山、尖閣諸島の魚釣島にも大蛇の話があり、高知の養豚場にも出没したと言います。民話、伝説も含めれば全国に膨大な数の大蛇の物語があると思われます。
私の制作活動をさせて頂いている山間部の集落にも大蛇伝説があります。山の奥に〝山賊の住処〟があり、大蛇がそこに潜み、山賊の足跡が今も残っていると言うのです。
また〝座頭淵〟と言う所がありそこには盲目になった大蛇の伝説が残っています。
良く、概念として川の流れが大蛇や龍に例えられ神話の中では解釈されていますが、もっと現実的な問題として大蛇は感じられていた様です。稀にマタギの方が深山で大蛇の様な生物を目撃することがあるらしいですが、実際、青大将は2mぐらいに成長するとの事です。
春になると良く青大将が出没します。
鼠などの小動物を追い、民家に侵入し良く天井の梁からぶら下がって村人を驚かせたそうです。どこかに大蛇の取材に行かなくても、すでにアトリエ、住居が大蛇のテリトリーに入っているかの様です。また毒を持っている蝮(マムシ)も出没するので注意が必要です。
深夜、制作をしていると屋根裏から、鼠か何かの物音が聞こえる時があります。雨音や雪が落ちる音、小動物がもぞもぞしている様な音など、屋根裏の暗闇も身近な異界だと思います。
青大将が道を塞いでいます。大蛇が道や橋などに横たわって通行人を邪魔する民話は至る所で見られます。多少は誇張されていると思いますが、実話が基になっていると思います。青大将は好奇心が強く人をあまり怖がらない印象を受けます。
かつて地元の分校の先生はその地の大蛇伝説の版画を彫りました。分校は大分前に廃校となりましたが、その四枚のうち三枚の大蛇の版画が今も残されています。それは以下の様な物語です。蛇は昔も人々に強い印象を与えていた様です。(以下の三枚がその版画と民話です)
〝昔々、中兵衛と言う若者がおりました。中兵衛は樵(きこり)で毎日、山仕事に出かけていました。ある時山で小さい蛇が岩に挟まって苦しんでいたので気の毒に思い助けてあげました。やがて月日は流れ…川で山刀や斧などを研いだりしていると天女のような娘が洗濯をしているのを見付けました。毎日二人は合うようになり、やがて娘に嫁に来て貰う事になりました。それから子供も出来幸せに暮らしておりました。
ある時、中兵衛が山仕事の最中腹痛を起こし薬を飲む為に家に帰りました。すると家の中に土間から納戸まで長々と横たわった大蛇が居りました。中兵衛は驚いて、「大蛇出ていけ」と叫びました。しかしこの大蛇は嫁で、岩に挟まった所を助けて貰った恩返しをしたくて中兵衛の前に現れたと言う事でした。大蛇の嫁は子供に「私は所詮人間の世界では暮らせない者だからこの家を出て東の方の淵に住むが困った事があったらそこに尋ねておいで…」。と言い残して消えて行きました。それから何日経った頃か中兵衛は重い病にの床につきました。子供が心配し占い師に助けを求めたところ、「東の方に宝生の玉があり、それで体を撫でればたちまち良くなる」と教えられました。子供は東の方の淵の大蛇のお母さんにその事を相談しみました。すると「その宝生の玉は私が持っているから持って行ってお父さんの体を撫でて上げなさい」と言い、その通りにすると中兵衛はたちまち体が良くなり山仕事が出来るようになりました。その様な事ががあったある日、奉行所の役人の耳にはいり宝生の玉をひったくる様にして持って行かれてしましました。役人は「この玉は夫婦玉だからもう一つあるに違いない、すぐに殿様に献上しなさいさもなければお前たちの命を貰う」。と言う事になりました。
脅された子供はまた東の方の淵の大蛇の母さんに相談しました。大蛇の母さん曰く「その宝生の玉はもう一つあるけれどそれは母さんの眼の玉で、これを上げると私は盲目になってしまう、しかしお前や父さんの命には代えられない」と言う事でもう一つの宝生の玉を子供に上げました。その宝生の玉が役人の手に渡った時、一天にわかにかき曇り嵐になって役人も玉も吹き飛ばされてしまいました。そして夕方東の空にキラキラと光る宝生の玉がありそれが宵の明星となりました。この大蛇のお母さんがいる淵周辺では目が白く潤んだ盲目の蛇しか居なくなったと言う事です。誰が言うとなくその淵を「座頭淵」と呼ぶようになりました。殿様も正月の鏡餅が蛇に見えてしまい、夜な夜な悩まされる事になったそうです。座頭淵に「南無妙法蓮華経」の供養塔を建ててから正常に戻ったそうです。今でも座頭淵の蛇は全て盲蛇と言う事です〟
トンレサップ湖のアミメニシキヘビ。
海外のアミメニシキヘビは最大で9mぐらいで10mを超える個体はほぼ無いとされています。アジア最大の淡水湖、カンボジアのトンレサップ湖でも最大5mぐらいです。自然環境が蛇に適し、食べるものが沢山あるから巨大化するのだと思います。
はたして日本の環境でどの種がどのくらい大きくなるのか疑問です。生物でなく精霊の様なものなのか、山と言う異界の仕業なのか、山と言う場所は不思議な事が良く起こる様です。
夜、山の中が光っているのを見た事があります。蛍の光とは違う感じです。夜、茸採りの人が山に入りその懐中電灯が光っていたのでは、と言われましたが、どうも違う感じです。正体は解らないままです。
また深夜、制作していて気分転換に集落を一周する散歩をしていた事がありましたが、猪が藪のなかから威嚇して来たり、正体の解らない動物の気配や呼吸音で危険を感じるほどになってしまい最近は夜の散歩が出来なくなってしましました。猪の個体数が増えて来ている様です。猪と豚の交雑種の様な巨大な獣も山を越えてやって来たと聞きます。
山は人間の感覚をおかしくさせます。夜、ぼんやりとオレンジの外灯に照らされた小さな橋の上を横切った羚羊(カモシカ)の影を見た事がありますが、その第一印象が、キリン…。と思ってしまうほどの巨大さに見えました。普通に考えるとありえないですが夜の山はそう見えてしまう魔力があると思います。
山で失せ物(無くし物)をした時、立ち鎌の様な大きいものでも探そうとしても山ではなかなか見つからないと言う現象が起こるそうです。私もかけていた眼鏡が知らない間に無くなっており、いつ落としたのか気付きませんでした。藪の中は体中に枝や草が当たるので意識が逸れ何かを持って行かれてしまいます。
数年前、前述の〝山賊の住処〟の取材に行く事ができました。詳しい場所が解らないので集落の方に同行して頂きました。険しい山を登っていくとやがて大岩が現れました。この岩は蔵王が噴火したときに飛んで来たと言いわれます。
ここが山賊の住処で、大蛇が潜んでいると言います。大蛇も山賊も居ませんでしたが、山姥(やまんば)の生々しい話が伝わっております。この近隣の峠から山姥がかつて集落に食肉を売りに現れたと言います。その肉を確認すると、人の爪の様なものが入っていたそうです。
かつての民話などの語り部は木の枝などを使い、その枝の分かれ目などを見てそれぞれの話を記憶し、そんな枝を何本も所有していたそうです。
この大岩の上に山賊の足跡があるそうです。岩登りは足の置き場が難しく、教えて頂き何とか上まで登れました。降りる時の方が足元が見えないので怖いです。
山賊の足跡。岩肌にぽつんと足跡が空いています。40㎝ぐらいある大きさです。草履を履いていた様です。山賊の住処に大蛇、不思議な組み合わせです。50年間も誰もこの足跡を見に行かなかったと言います。
大蛇に関連した事を見たり聞いたりしているうちに、新しい大蛇のイメージが固まってきました。蛇の絵画の最も画面に動きを出せる要素はその鱗の流れではないでしょうか。
眼が自動的に動く渦巻模様と蛇の鱗を連動させ画面に動きを出す大蛇の構図が思いつきました。絵画からの感動の要素は画面に動きがある事が一つのポイントだと思います。本能的に目が動くその瞬間に感応が起こり、絵画の感覚が伝わりやすくなるのです。視点の動きの無いタイプの絵画でも色の波長、印象や色面の形によるリズムなどで感応を促す事は可能だと思います。感応がないと感動に繋がりにくいと思います。
宇宙蛇制作風景。
地球上に獅子や虎、隼、熊など他にも格好良い動物、強い動物は沢山存在していますが、何故か、世界的な神話の広がりを見せている動物は蛇なのです。そのイメージは宇宙的なスケールにまで及んでいます。天の川も宇宙の蛇体の一部なのかも知れません。永遠の循環を表すウロボロスや宇宙の構造の一つに円環のイメージがありますが、それは巨大な始まりと終わりを繋いだ蛇状の時空の流れ、〝宇宙蛇〟ではないかと思います。
起源の時、無極が崩れ始め、混沌とした原始宇宙の大海に渦が生じ、やがてその動きが法則性を持った流れの蛇体に変化し万物を生じ動かし始める。発生とやがて彼方に来る終焉を繋ぎ合わせる円環や八の字の形になり永遠の循環を繰り返す。そんな蛇を描きたいと思いました。